三味線のさわりについて

 三味線の音色の特徴の一つであるさわりについて。

 さわりとは、弦の振動と共に発生するノイズの事です。わざとノイズを発生させるための仕掛けが、三味線には備えられてるのですね。こういう「ノイズ発生装置」を持った楽器は三味線以外にも、
・インドのシタールなど
・日本の琵琶
・アフリカの打楽器や木琴類
・中国の笛の一部(ブーブー紙を取り付けたもの)
など無数にあって、とくべつ珍しいものでもありません。しかし三味線以外のものは原則、その楽器で出せる全ての音にノイズが付くよう工夫されてるのに対して、三味線は「一の糸の開放弦にしかさわりが付かない」という特徴があります。

 シタールや琵琶のさわりを発生させる仕掛けは下駒(ブリッジ)側にあって、全ての弦・全ての音にさわりが付きますが、三味線は上駒側でさわりを作ってます。

(天神部分の拡大画像)二の糸・三の糸は金属製の上駒に乗せられてるので、棹の上面には接してません。普通の弦楽器は全ての弦を上駒に乗せるますが、三味線の場合は一の糸だけを上駒に乗せず、棹の上面に接触させることでさわりを作り出します。
さわりがきれいに付くかどうかは、この接触具合の加減で決まるので、小さく切ったセロテープ等を貼って微妙に調整したりします。

 さわりを発生させる仕掛けが上駒側にあるので、一の糸でも、開放弦でないならやはりさわりは鳴りません。

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実際に、どんな音なのかを聴いて頂きましょう。

 三本ある糸のうちの一本だけしかさわりが鳴らないのが三味線ですが、一の糸の開放弦を弾いた時だけしかさわりが付かないかというと、そうではなく、物体には共振という現象がありますから、一の糸以外を弾いた時にも、一の糸が共振を起こせばさわりは付きます。

共振とは;
エネルギーを有する系が外部から与えられた刺激により固有振動を起こすこと。特に、外部からの刺激が固有振動数に近い状態を表す。共鳴と同じ原理に基づく現象であるが、電気や固体については「共振」の語がよく用いられるうきぺ

 上記の解説に沿って説明すると、この場合の「エネルギーを有する系」とは一の糸の事です。一の糸がなんでエネルギーを有してるかというと、張力を与えられてるから。
 「外部からの刺激」とは、一の糸以外の糸を弾いた際の振動。それが下駒や皮を伝わって一の糸に刺激を与えれば、一の糸は共振を起こす。
 「特に、固有振動数に近い状態」とは何の事かというと、一の糸の音程に対して、音楽用語で言うところの協和音程の関係にある振動が「外部からの刺激」として与えられると、一の糸は共振しやすい、という事です。「協和音程」を、その協和度の高い順に並べてみると、

完全一度(1:1)>完全八度(2:1)>完全五度(3:2)>完全四度(4:3)>長三度(5:4)>etc.

 カッコ内の数字は振動数比です。本調子の場合、一の糸と二の糸の音程は完全四度ですから協和度は充分高い。しかし完全四度よりも完全八度(オクターブ)の方がより協和度は高いので、二の糸の開放弦よりも三の糸の開放弦(一の糸の1オクターブ上)を弾いた時の方が、一の糸の「固有振動数により近い刺激が与えられる」、つまりさわりがより大きな音で鳴ります。

 ところで、三味線音楽で多用される調弦法は、本調子、二上り、三下り。動画での演奏例は本調子ですが、他の二つの調弦でのさわりの鳴り方はどうなるか?

 本調子の一の糸と二の糸の音程が完全四度であるのに対し、二上りではこれを完全五度にします。そして、完全四度よりも完全五度の方が協和度が高いため、さわりがより大きく鳴りやすいです。
 一方三下がりは、一の糸と三の糸を短七度に調弦します。短七度は協和度が低い音程なので、三下がりで三の糸の開放弦を弾いても、さわりはほとんど鳴りません。

 概して三味線は、さわりがたっぷり鳴る方が、派手で明るい音色に感じられるものです。そのため、本調子・二上がり・三下がりという三つの調子を比較すると、さわりが一番付きやすい二上がりが最も派手で明るく、さわりが一番付きにくい三下がりは地味で暗い感じ。本調子はその中間、という事になります。
 以上の事は、三味線を弾く人なら経験的に知っている事ですけど、一応理屈で説明するとこうだよという話しでした。

三下りの、一の糸と三の糸の音程は短七度。では短七度の音程比はいくつかというと、これちょっと複雑な問題。なぜなら、完全四度五度はどんな音律でも純正音程あるいはその近似と見なして扱うので問題ないけど、それ以外の音程の比は音律ごとに様々なんですね。短七度だと、

1. 純正音程の短七度=9:5
2. 平均律の短七度=1,000セント=2の12乗根の10乗:1≒89:50
3. ピタゴラス律の短七度=16:9
4. 自然七度=7:4

など。他にもあるかも。
上記1〜4は、音高が高い順に並べてます。つまり、数値を見やすくするため単純な値で計算すると、仮に一の糸の音高が100Hzの場合、短七度の音高は、

1. 純正=180Hz
2. 平均律≒178.2Hz
3. ピタゴラス≒177.8Hz
4. 自然=175Hz

となります。こんなの誤差の範囲と思われるかもだけど、基準値の100HzをA=400Hzにするなら例えば、

2. 平均律≒784Hz
4. 自然=770Hz

となり、これは明らかに別の音。
ところで、三味線はお約束通りの手順で調弦すればピタゴラス律になりますから、三下りでの一の糸と三の糸との音程比は16:9で、これはほとんど協和しない。洋楽器用のチューナーを用いると平均律になり、しかしこれとピタゴラス律との差は誤差の範囲。だいたい似たようなものです。どのみち協和しない。
だけど、このピタゴラス律の短七度を不快と感じる人もいるかもですね。どうもしっくりこない。なんか据わりが悪い。そこで音締を少しだけ上げるか下げるかすると、落ち着きの良いところを見つけられるかも知れない。一の糸のさわりも、ピタゴラスで合わせた時よりも多少は鳴るかも知れない。
なんだけど、そうやって合わせ直した三の糸だと他に色々辻褄の合わない所が出てきそうです。そんな事ないかな?これはちょっと興味ある問題です。

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 三味線のさわりの音響的な効果をよく現せる例はないかと考えてみたところ、『外記猿』(げきざる)の前弾きが良さそうに思えたので、それを録音してみました。
 これは(研精会譜の表記で29小節もある)長唄の前弾きとしては長めの方のものですが、一の糸の開放弦を弾くのはお終い近くに一度きりだけという、ちょっと変わった手です。そこでこの前弾きを普通に弾いたものと、ちょっと細工をしてさわりが付かないようにした三味線で弾いたものの二通りを聴き比べてみれば、
「弾かれなくとも鳴っている一の糸のさわり
の持つ効果がよく分かるのではないかと。
 さわりが付かないようにする細工というのは簡単なもので、左手の親指を曲げて一の糸に触れ、共振を抑えてしまうという、ただそれだけです(もちろん一の糸を弾く時には常の親指の形に戻します)。

どうでしょう?実はイマイチだったかも。

 この前弾き、一の糸の開放弦を用いない代わりに二の糸の開放弦を多用していて、さわりが無くてもそれなりに響きが豊かなんですねって事に、録音してみて気が付いた。そのうちより適切な曲例を思い付いたら差し替えるかも知れません。

2008/12/25
(改)2017/05/02



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