(お別れ録音)
Guyatone HG-4C + Teisco MODEL-NT、2012年8月

2012/11/09
(改)2017/10/30


Teisco MODEL-NT;
520mmショート・スケール。薄くて小さなボディの1PU、Toneツマミなしの1Vol.のみというシンプルな製品。このテの廉価版ラップ・スチールは種類がやたらとあるし中古の流通量もそれなりに多いしで、テスコ類としてはごくありふれた品物。製造時期は1960年代初期だと思います。

Guyatone HG-4C;
こちらもショート・スケール・モデルだけど、微妙に短い518mm。製造時期は50年代だと思います。50年代風流線型の優雅なボディにVol./Tone 2つのコントロールを備えた製品だから、当時のラインナップでは「中の上」くらいと思います。
 しかしこれのコントロール回路は不思議な配線がされていて、2つのツマミはどちらも、絞り切ると音量はゼロになります。とはいえ両方ともVol.なのではなく、片方は音色がコモりつつ音量が下がる。だからそちらがToneなんだろうけど、音色の変化がはっきり現れるところまで絞ると音量もかなり下がってしまい、だからこのツマミにはToneコントロールとしての実用性はありません。

■2台とも、アンプはYAMAHA YTA-25/マイクはAUDIX D1
・L ch.がTeisco MODEL-NT、R ch.がGuyatone HG-4C。
・2台とも、1st verseのみThomasのWahを通してます。
・2nd verse以降は2台ともクリーン。

■ベースはYAMAHA SB-800S
・プリアンプART DUAL MPを介して卓直
・コントロールの設定は、
F-VolR-VolTone
1053

・ART MPの設定は、
INPUTOUTPUT 
3時センターHigh Z Inputを使用

■ドラムは打ち込み
・BD以外の音源はSampleTank
・BDのみAKAI CD3000XL
・パッチはAKAI CD-ROM Vol.3のTIGHT KICK
・CD3000XLのアナログ・アウトからART DUAL MPを介して卓直
・ART MPの設定は、
INPUTOUTPUT 
センター8時半背面Inputを使用

(ffで赤インジケータが点灯する頃合いに設定。CD3000XLのVol.はFull)

■その他の楽器;
マイク立て方
加納木魂AUDIX D4サウンドホールやや下手側から、距離15cm
ギロ距離10cm
シェイカー距離、右手5cm/左手30cm

■曲のKeyはA Majorで、スチール・ギターのチューニングは以下の通り:

両方とも8弦C76の変形(6&8弦を外した状態)。テスコの方は、上4本がプレーン弦です。

■2012年8月4,5日/9月28〜30日録音

---------------------

 スチール・ギターはハワイアンとカントリーだけのための楽器ではなく、1930年代頃まではジャズ・バンドでも用いられたし(D.エリントン楽団やL.アームストロング)、日本の昭和歌謡では戦前も(ミス・コロムビア霧島昇)、戦後も(マヒナスターズ)、スチール・ギターは重要な楽器だった。その流れで、

↑こんなようなインスト・アルバムも一時期それなりの生産量があったとは思うのだけど、ただ、スチール・ギターという楽器は単純なケーデンスの上にお約束のリックを並べるだけならあまり難しくないが、それ以上の何かしらを求め始めると、途端に演奏困難となる。その困難を道具の側の工夫で解決しようとしてWネックやトリプル・ネック、あるいはペダル・スチールといったモンスターが開発されたけど、ラップ・スチールとは小型でシンプルだからこそ良いのでもあるし、ペダル・スチールは(技術的にも、お値段的にも)専門性が高すぎで、普通のギター弾きが片手間にやれるようなものではない。そして、ラップ・スチールが一番よく似合うハワイアンや古めのカントリーの人気は、(少なくとも日本では)とても低い、等々の事情が重なって、スチール・ギターの人気は漸次衰退する一方でありますね。

---------------------

 ところでハワイアンとは海のイメージ、あるいは南国のリゾート気分、そういったものと強く結びついてるけど、ブラジルのボサノバも、わりとそれに近いのではないか?ならば、その南国気分を表す重要なサウンド・アイコンであるスチール・ギターがボサノバでも使われても良さそうなのに、私はそういう実例を知りません(尤も私は、ボサノバに関してはぜんぜん詳しくはないのですが)。
 それに実際、スチール・ギターの音色がボサノバに似合うとも思われません。ボサノバはアコースティック楽器中心のものである、という事もあるけど、エレキのスチールではなくアコースティックのドブロ等でボサノバのアンサンブルに加わったとしても、多分へんなような気がする。ハワイアンでなら涼しげに感じられるスチール・ギターの音色だけど、それをボサノバの中で鳴らすと、たぶん暑苦しくて野暮ったいものとなってしまう。不思議といえば不思議ですが、ハワイアンとボサノバでは、音楽様としての根本性格が異なるのでしょう。ボサノバは、海の音楽というよりは「都市文化」の産物であり、更に、

  • ハワイアンは開放的で屋外的、ボサノバは室内的で閉鎖的。
  • ハワイアンは昼間の時間帯、ボサノバは夜間の音楽。
  • さらにハワイアンには、米国の娯楽産業が作り上げた仮想空間の中にだけ存在する人工音楽という側面もあるが、それに対してボサノバは、はるかに現実的なものである。

 しかしこう改めて書き並べてみると、私がハワイアンに興味が持てないのもなるほど納得です。何よりも「娯楽産業が作り出した人工音楽」という点に敷居の高さがあるのだな。そういう音楽は下らないとか、本物じゃないとか言いたいんじゃないですよ。私は日本のアニメ産業の付属物である人工音楽(アニソン)が好きである。だからなおさら、こういった音楽は、その仮想世界とリンクしてない人にとって興味が持てる対象ではないし、むしろ不愉快な存在であり、嘲笑の対象でさえある、という事がよく分かる。人々の生活実感(とでもいうようなもの)に根を持たない人工音楽は、それの母胎である虚構世界なしには存在できない徒花である。徒花ゆえの人工美は他に代え難いが、「ハワイは常夏の地上の楽園」といった謳い文句が陳腐化し、ハワイというイメージの持つ力が失われてしまえば、ハワイアン音楽の魅力も失われ、もう二度と回復する事はない。

 ともかくハワイアンとボサノバは全く異なる音楽なのだから、スチール・ギターがボサノバに似合わなくても当然である。しかし今回の作例では、その似合わなさそうな2つを無理矢理くっつけてみたわけです。

 ゆったり南国気分に近いボサノバといえばディサフィナードやコルコバドとかが代表曲だろうけど、それ系は6弦ショート・スケールではなく、8弦ロング・スケールのラップ・スチールで弾いた方が良いと思う。8弦ならコード・ヴォイシングのバリエーションが多いからボサノバ風にしやすい、というのは当然の事として、もう一つ、8弦ロングはボディが大きく重たいため、小型軽量な6弦ショートよりも落ち着いた、高級な感じの音色がする。サスティンも長い。6弦ショートと8弦ロングは一応同じラップ・スチールだけど、けっこう別物の楽器です。
 それで、今回の録音に用いるのは薄くて軽い、サスティンの短い、安物なせいでガサツな音しかしないの6弦ショートだから、ゆったり南国気分よりも軽快な曲の方が良かろうと考え、One Note Sambaを選んだのでした。
 手持ち楽器の売却処分をテキパキ進めるためには、1つの作例に2本まとめて録音するのが好都合なのだけど、その場合は「2本使う事の面白さ、あるいは必然性」のある方が好ましい。One Note Sambaにはそれを盛り込むための仕掛け(アレンジ)もいくつか作れるので、その点でも良いお題です。

---------------------

 1st verse 17〜24小節目(サビ)の8分音符フレーズは、2台のスチール・ギターが1音ずつを交互に弾く、南米フォルクローレの管楽器・サンポーニャで行うコンテスタード(contestado)のようなやり方で、1回目を弾いてます。2回目(21小節目〜)は、2拍(8分音符4個)ずつを2台で分担しています。
 私の技術でこの早さのフレーズを弾くのは絶対に無理だから、こういうやり方にしました。DAWで切り貼り編集すれば1台で弾けてるように偽装するのもたぶん可能だから、そうする必要のある時にはそうしちゃいますけど、今回はスチール2台を組み合わせる事の面白さを優先しました。

 1st verseの最初の16小節は2台で一つのブロック・コードになるように音を配置してます。


譜面に書くと概ね↑こんな感じ。テスコがメロディー(oct.dub.)でグヤが内声担当。2nd verseは役割を交換してるので、ポジションもヴォイシングも別の形になります。

 L ch.がテスコでR ch.がグヤですけど、左右に分離しすぎるとブロック・コードには聴こえないので、両方ともセンター近くに寄せてあります。一方17小節目からのサビは、一つのフレーズを2台に分担させてる事の効果を分かりやすくするためL/Rに分離。そして25小節目からは再びモノ・ミックスに戻す、という風にPanを操作してます。

---------------------

 2nd verseの4/8小節目をフェルマータにしたのは、ナラ・レオンの真似です。


(Nara Leao"dez anos depois"-1971)
Nara Leao Samba De Uma Nota So
メロディーのリズム(長短の案配)も、概ねナラに倣ってます。

---------------------

 今回用いたスチール・ギターは、2本ともToneコントロールがない(グヤのは実用性がない)ので、その代用として1st verseにのみThomasのWahを通しました。
 Toneの代用なのだからフレーズに合わせて動かしたりはせず、いわゆる「半止め」で使用するべきでしたけど、私のThomas Wahはペダル支点が緩くなってしまっていて半止め位置に固定されない(足を載せてないと、ペダル自体の重さで爪先側の方に着地してしまう)。だからワウワウしなくても、ペダルには足を乗せておく必要がある。しかしその体勢で楽器を弾いてると気分的に、どうしたってワウワウしてしまいますわね。
 という事情があって、部分的に猫アクビなOne Note Sambaの出来上がった次第です。2nd verseの方はWahを外したカリカリの音で、どちらもボサノバとしては些か問題ありのような、少なくとも私が事前に想い描いていた予想図とは異なるものになってしまったのですけど、これはこれで面白いかなとも思います。

 軽量小型のボディに防振対策が全くなされてないPUを載せた安物ラップ・スチールは、メカニカル・ノイズを拾いやすいし、ピッキングの仕方をちょっと違えただけで音色が大きく変化してしまうなど、とても扱いにくい面があるのだけど、それが一方では、耳元のすぐ近くで弦を引っ掻いてるような、妙に生々しい鳴り方を生み出してもいるのであって、今回の作例に関しては、その特性が良い方向に作用してくれてると思います。

---------------------

 ドラムのキックは、いつも使ってるソフト・ウェア音源(SampleTank)ではなく、AKAI CD3000XL を用いてます。パッチはAKAI CD-ROM Vol.3のTIGHT KICK。それを、CD3000XLのアナログ・アウト→ART DUAL MPという接続で卓直。

 今までに作った音ファイルのキックは「打ち込みだからどうせこんなもん」的な扱いだったし、実際のところその程度の鳴り方しかしてない。しかしいつまでもそれでは困りますから、何かしら工夫をしないといけない。
 ベースを録る時は常にART MPを通していて、それは充分に良い音だと思ってるから、今回はキックもARTに通してみたわけですけど、結果的にはとくに良いとも思えず。しかしこういうのは一度きりで判断できるのでもないし、しばらくはこの組合せを続けてみるつもり。

 ただ実は、ベースをARTに通すのも、常にそれが最適なのでもないかなと、最近はそう感じ始めてます。ジャンルによってはMACKIE 1202+dbxのコンプとかの方が良かったりするかも知れないから、そういうのも試しておきたい。自分、dbxのコンプは持ってないですけど。

---------------------

 パーカッションとナイロン弦ギターの収音はAUDIX D4で行いました。このマイクは、ディテール描写は不要だけど存在感は欲しい、というようなソースに適してるのではないでしょうか。

 パーカッション(の、とくにシェイカー系)を、一種のバックグラウンド・ノイズとして利用する場合に望ましいのは、
・低音量でも音圧を保ち、
・しかし悪目立ちせず、
・オケ全体の音量が上がった時にはマスクされる。
という、使う側にとって都合の良い存在感。D4は、そういう音を録るのに向いてるマイクかも知れない。今回のがそう録れてるわけではありませんけど。 ・存在感があるのは、ディテールもそれなりに拾ってる、
・そして、いわゆる音の芯もよく拾ってるから。
・悪目立ちしないのは、アタックの反応が早すぎないから。
かどうかは分かりませんが、アタックに対して敏感なマイクで録った音は、ミックスの中で引っ込めようとしてEQしたりフェーダー下げたりしても、シャカシャカ成分だけが残って往生する、というのはありがちな事じゃないですか。パーカス用に適してる定番マイクは、ゼンハイザーのクジラとか。でも自分は今さらクジラを買い足したくもないし、手元にあるD4でなんとか良い結果を出してみたいものです。

---------------------

シェイカーは、

振り方マイク距離
右手TOCAエッグ5cm
左手LPチューブ30cm

という風に使い分けてます。シェイカーは縦方向(地面に対して垂直)に振る方がエッジを立てやすく、刻みやすい(重力ブレーキを利用できるから)。今回は、両手とも縦振りにすると刻みすぎで、両手とも横振りだとエッジ無さすぎと感じられたから、その中間という事で、縦横を混ぜてみました。マイクとの距離は右手の方が近いので、刻み成分の方が多めですね。

---------------------

 2-3はギロで叩いてます。最初、KORG WAVEDRUMのスネアでリムショットしてみたんですけど、この曲には合わなかった。クラーベスでも、何かへんだった。ギロを、ギロ用のビータでベチベチ叩いてみたら、それが一番ブナンだった。
 一応、この2-3はドラマーが竹筒みたいのを叩いていて、他にシェイカーとギロ担当の、都合3人のドラム隊を想定して作ってあります。

---------------------

音程の悪さについて;

相変わらず自分、スチール・ギターの音程が悪いよね。

 という事に気付いたのは、今回のを一応完成させ、mp3に書き出し、それをパソコン上で再生させてみた時でした。パソコンで鳴らす時のスピーカーは、

このテのやつだから、低域は殆ど出ません。一方、録音作業中はヘッドフォンモニターしてるから、ベースはたっぷり鳴ってます。ベースには、
「高域楽器の音程の微妙なブレを吸収し、自分の方に引き寄せる」
という作用があって、だからヘッドフォンモニターしてると自分の出してる音程が外れてるのに気付かない場合もある。そして、再生環境が変わってベースがずっと小さくなった時に、
「あちゃー★」
となったりするわけです。ベースが音程のブレを吸収する作用とは、

概ね上図のような事ですけど、これには良し悪しがあって、とりあえず現在のポピュラー音楽での一般的なフォーマットでなら、これは良い効果だといえる。1970年代の日本の歌謡曲のベースの音量は、60〜70年代のアメリカのポップスのベースより大きめな傾向があるかもで、それは音程マスクを意図したミックス・バランスだったのかも知れません。

 一方、半音程よりも狭い音程差を扱う事の多いインドやペルシャ系の古典音楽では、ベースが入ると、その微妙な音程差を聴き取れなくなってしまう。この事は、インド〜ペルシャ系音楽にベース音域の楽器がほとんど用いられない事と関係してるかも知れません。

 ベースによって補強された西欧式7音音階システムに慣れてしまった耳は、(ベース効果でもマスクし切れない)音程のブレを「外れてる・狂ってる」と判断しがちで、また、そう判断できるのが「耳が良い」のだとされたりもするのだけど、例えば1/4音という音程をそれ自体として、1/4音程という独自のものとして聴き取れず、音階システムからの逸脱であるとしか感じ取れないのは、逆に耳が悪いのだとも言える。
 常にキッチリした枠組みの中に収まる事を求められる音階システムとは、ぬり絵の枠線とか、自転車の補助輪のようなものである、とすると、それはもちろん便利なものだけど、人として目指すべきはそこじゃないだろうと思いませんか?絵画の世界では、ぬり絵の達人(ぬり絵しか出来ない人)がフリーハンドでさらさら描いてる人に対し「間違ってる」とか言ってバカにする、という事はまず起こらないだろうけど、音楽の世界ではどういうわけか、ぬり絵名人が妙に自信満々なのだな。まあ音楽の場合は、ぬり絵すら満足に出来ない人の方が多い(かも知れない)という事もあるし、音楽での枠線の重要度は絵画でのそれより高いのかも知れない。実際の音楽の大多数は、枠線から多少はみ出しても許される場合と、そこにキッチリ収まってなければならない場合を厳密に区別する、という方式で音程管理してると思います。私の今回の作例について言うと、キッチリ収まってなければならない場面で外してる個所が多々ある故、これは「おんち」なものなのだ。

---------------------

 ともかく現行のポピュラー音楽では概ね、ベースの音程マスク効果は便利なのなのだから、スチール・ギター初心者の人は、上手いベース弾きと一緒に練習するのが上達への近道だと思います。上手いベース弾きはボーカルでも管楽器でも、そういう音程が不安定になりやすい奏者の弱点をいい感じにフォローしてくれます。逆に、へんなベース弾きと組むとストレスが溜まってしまう。
 スチール・ギターを始めてみたものの何時までたっても音程が悪いままだからイヤになった、という人は、もしかして一人きりで練習してたのではないですか?スチール・ギターを単体で、ハダカで鳴らしたりしたら「痛いところ」が剥き出しになってしまうから、練習する気も失せて当然です。だから初心者の人ほどバンドに加わるか、それが無理なら出来るだけベースがたっぷり鳴るカラオケを用いるなどして練習するのが良いように思われます。

---------------------

Teisco MODEL-NT;

 小型で軽量なラップ・スチールも多々あるけど、このMODEL-NTは、なにもここまでせんでもと思うほどの切り詰めっぷりで、これは後世のスタインバーガーにも通じるモダニズム楽器デザインの極地、あるいはミニマリズムとでも呼ぶべきか。あるいはけちんぼうなだけなのか。ともかくここまで小さいと少々扱いにくいです。

 指板はフレットありだったのだけど、以前のオーナーによって抜き取られてます。

 なお、この製品は弦アースが取られてなかったので、録音作業の際にはテールピースとコントロールパネルとの間をリード線でつないで使用しました。

Guyatone HG-4C;

 この製品は設計が古く、コントロール回路が云々というのは前述した通りですが、output jackが奏者側に付いてるのも困った点でした。L字プラグを使えば多少はマシなのでしょうけど。


【宅録等の作例を陳列するコーナー】のトップに戻る

【牛込パンのHOME】に戻る

inserted by FC2 system