三味線のペグです。呼び名は糸巻(いとまき)とか音締め(ねじめ)とか音締(ねじ)など様々。

僕は音締という呼び方で馴れているので、以下は音締で統一させて頂きます。

材質は、この画像のものは象牙。ほかに紫檀・黒檀などの木材も用いられます。
使いやすさで言うと木製の音締の方がはるかに良いのですが、三味線音楽も様々なジャンルがある内、現在多くの流派が「本番用には象牙の音締を使うこと」という約束になっていて……いつからそうなったか?というのは、錦絵中に描かれた三味線弾きの姿を丹念に調べたりすれば分かりそうな気もいたしますが、そう古くからでもない、明治以降の習慣のような気がいたします。

象牙の音締は扱い方が厄介で、気を付けて使わないと「すっぽ抜けや空回りを起こすかと思えばガッチリ食い込んじゃっていっかな動かなくなる」ことが多い、使いづらい糸巻きです。しかも新品をあつらえると一式10万円ぐらいかかりますから、三味線弾きにとって有難い事はとくにない、喜ぶのは三味線屋だけというような代物です。

まぁこっちの世界では「大枚はたいて見栄を張る」のも道楽の重要な一部(かも知れず)、こういう気風を無下に否定するのも野暮というか寂しいというか。しかしそんな気分でいられたのも今は昔で、今後は「たかが音締に10万円」では素人衆が付いて来なくなるでしょう。第一、音締は音楽道具としても重要な部分ですから、操作性も良く値段も常識的な範囲で収まる黒檀製音締の、本番用としての復権が望まれるところ。

どうしても白が良ければ合成樹脂の利用も考えられそうなものですが、そして稽古用の撥なら合成樹脂のものが今までに何種類か考案されたにもかかわらず、合成樹脂の音締っていうのは見た事がありません。何ででしょうか?


「テーパーを付けた棒材を穴に差し込む」という、どこの国にもあるペグ(木栓)式糸巻きと同様の単純な仕掛けですが、三味線の音締は天神(ギターでいうヘッドの事)の木部に直接差し込むのではなく座金という金属パーツを用いるのが特徴。
音締は天神の木材とは直に接触しておらず、天神に埋め込まれた座金に差し込まれています。座金を用いる理由は、

1.耐久性のため
三味線の調弦は数種類あり(代表的なものは本調子・二上り・三下りの三種類。その他まれにしか使われないようなもの、名前も付いていないような変調子が数種類)、これを曲毎に使い分けたり曲中で変更したりします。変化させる幅はたいてい長1度(時としてそれ以上)の上げ下げ。
複数の調弦法を使い分けるのは洋の東西を問わず、オープン・チューニングの発想で演奏する弦楽器には共通のものです。ギター族ではペダル・スティールのペダルやヒップ・ショット・チューナー等、機械式の調弦変更の道具が工夫されていますが、三味線の場合は音締を「ぐいっと回す」だけ。

曲中の調弦変更(調子替え)は、長唄の場合、それを行わない曲(一曲が一つの調子で終始する)の方が少ないくらいでして、「かなり頻繁に音締を大きく動かすのが三味線音楽の特徴」と言ってもいいくらい。

また三味線の弦=絹糸はどんどん伸びていく非常に不安定なものですから、調子の微調整のためにも頻繁に音締を回します。ホント三味線弾きは、演奏中でも何でも隙さえあれば音締に手をやるのが習慣でして。

あと三味線は、演奏が終わって片付ける時には糸を完全に緩めるのが約束ですし、糸の交換も頻繁に行います。

以上の事から、つまり三味線の音締は非常に酷使される部分だという事でして、使いすぎた音締はすり減ってきますし天神の穴は広がってしまう。すり減った音締は交換すれば良いだけですが、天神の穴が広がってしまうと厄介ですから金属製の座金で保護。

2.滑りを良くする
バイオリンのペグ等はホドホドに柔らかいもの同士(楓と黒檀)を組み合わせることで「しっかり密着・がっちり固定」出来ているんだと思います。完全に固着しては当然ペグとしての用をなさないですから潤滑剤(蝋など)で微調整。

三味線の音締は、先に書いたように三味線独特のチューニング事情があって「頻繁に・大きく・すばやく」動かすものですから、あまりしっかり固定されてしまっては困ります。座金には音締を回す際の滑りを良くするという効果もあると思います。

絹糸で不安定なのに滑りを良くするのはおかしい……のではなくて、不安定だから滑り良く回しやすい方がありがたいのですね。不安定なのは絹糸の特性であって「木栓式ペグの構造が原始的だから」等の理由ではありません。仮に三味線にギア式ペグを取り付けても、絹糸を用いる限り調子はどんどん狂う。そしてギア式ペグでは曲中での調子替えが(時間がかかりすぎるので)行えません。

ただ「滑りが良い」のは硬いもの(金属製の座金)と柔らかいもの(黒檀製の音締)を組み合わせることで得られる効果なので、硬いもの同士つまり象牙の音締と座金の組合せでは「滑りの良さ」は得られないどころか逆効果。うっかりキュっと押し込んだらガッチリ固まってしまい、「いかん仝」とばかりに慌てて回せばガラっとすっぽ抜けるという事が起こりやすいんですね。

と、ここまで書いて思い付いたのだが「黒檀製座金」(とでもいうようなもの)を開発したら、これは象牙製音締用としてはけっこう良いのでは?もちろん黒檀製座金の方は頻繁に要交換ですが、そのかわり音締の方の耐用年数が伸びる。これ、上手くいったらヒット商品になる(かどうか)。

ちなみに座金のデザイン(外観)には何種類かありますが、この画像は大正時代のもので、ちょっと珍品です。


音締を取り外した状態。「新品なら10万円」が相場の象牙の音締ですけれど、これは中古品です。先端の白いところが象牙本来の色味で、握りの方はかなり変色しています。

骨董趣味な立場からは、これぐらい変色していた方が「時代が付いて良」という評価もあり得るのでしょうが、三味線界ってのは実は
古物珍重の風習がまるで無し
なのでして、近頃レリック流行のエレキ界とは正反対。ストラト用の白ノブの新品を紅茶に漬けて黄ばんだ古色を作るのがエレキの世界。黄ばんだ音締を使っていると、
「……漂白すれば?」
と言われてしまうのが三味線の世界。

実は、古くなった象牙を漂白する方法があるらしい。

1本の音締に糸を通す穴が2つ開いているのは、これたぶん一度仕立て直されているという事。すり減った分「寸を詰めた」んだと思います。

三味線の音締に糸穴が2つあるのは、この画像のものが中古品だからではなくて、新品でも最初から2つ開けてあるのが正しいんですねって事が後日判明。それは何故かというのは、機会があればその内ちゃんと説明しますが、ともかく三味線の音締とは「糸穴が2つあるものである」という事です。
1960年代に作られた日本製エレキ用のペグにも、どういうわけか糸穴が2つあるものが多いです(例)。なんでそうなのかはよく分からないんですが、こういうエレキ用のパーツを作ってた金物屋さんも、もしかしたら三味線の音締をお手本にしてたのかな?


音締の断面は六角形。角は面取というかベベル加工というか、そういう処理がなされています。

稀に面取のないものもあり、また稀に八角形のもあり、さらに断面が「千鳥」の形のものや音締全体が「ねじりん棒」状のもの等、色々あります。

装飾の部分がほとんど無い三味線の、わずかに「お洒落を楽しむ」余地のあるのが音締(あとは胴掛けぐらいか?)。ですが、長唄の方ではそういう変わり種の音締を使う事はほとんど無いようです。

2007/01/15
(改)2009/10/07



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